経営企画やファイナンスの領域で、GPT for Sheets and DocsとGoogle Apps Script (GAS)を組み合わせることは、単なる定型業務の自動化に留まらず、データに基づいた高度な意思決定支援や戦略策定の質の向上に直結する、極めて強力なアプローチです。
GPT for Sheets and Docs: スプレッドシートやドキュメント上で、文章の生成、要約、翻訳、情報抽出、感情分析といった人間的な知能を要するタスクを実行します。アドオンをインストールするだけで、=GPT()
のようなカスタム関数を手軽に利用できます。
Google Apps Script (GAS): Google Workspace(Sheets, Docs, Gmail, Driveなど)のサービスを連携させ、一連の業務フローを自動化するプログラミング環境です。例えば「Gmailで受信した請求書を自動でDriveに保存し、その内容をSheetsに転記する」といった一連の処理をプログラムできます。
この二つを組み合わせることで、「GASで定型業務とデータ収集を自動化し、その過程で得られた定性・定量データをGPTで分析・解釈・加工し、最終的なアウトプットを生成する」という、高度でインテリジェントな業務自動化が実現可能になります。
以下に、経営企画とファイナンスの具体的な業務に沿った活用事例を詳細に解説します。
経営企画における活用事例
経営企画部門は、市場動向の分析、競合調査、経営戦略の立案、経営会議の運営など、多岐にわたる情報を迅速かつ正確に処理し、経営陣の意思決定をサポートする重要な役割を担っています。
1. 市場・競合分析レポートの完全自動生成
市場や競合の動向を常に把握することは不可欠ですが、情報収集と整理には膨大な時間がかかります。このプロセスをGASとGPTで劇的に効率化できます。
処理フロー:
[GAS] 情報収集の自動化:
GASのUrlFetchApp
サービスを使い、競合他社のIRニュースやプレスリリースのWebページ、業界ニュースサイトなどを**定期的(例:毎日午前8時)に巡回(スクレイピング)**します。
取得したページのURL、タイトル、本文テキストをGoogle Sheetsに自動で追記していきます。
[GPT for Sheets] 情報の要約と分類:
スプレッドシートに追加された各記事の本文に対し、=GPT("この記事を150字で要約して")
のように関数を設定し、要点を自動で抽出します。
さらに、=GPT_CLASSIFY(本文, "事業提携,新製品,人事,決算,その他")
のように関数を使い、記事の内容をカテゴリ別に自動でタグ付けします。
[GPT for Docs & GAS] レポートの自動生成と通知:
GASが週に一度(例:金曜日の午後)、その週に収集・分類された重要なトピック(例:「事業提携」「新製品」カテゴリの記事)を抽出し、サマリーを作成します。
Google Docsのテンプレートに、GPTが生成したサマリーと該当記事へのリンクを挿入し、週次の「競合動向レポート」を自動で生成します。
完成したレポートのリンクを、GASを使って経営企画部のメンバーにGmailやGoogle Chatで自動通知します。
効果:
工数の大幅削減: 従来は数時間かかっていた情報収集・整理作業がゼロになります。
分析の深化: 収集したデータを基に、GPTを使って「過去1ヶ月のA社の動向から考えられる次の一手は?」といった、より踏み込んだ分析に時間を使えるようになります。
網羅性の向上: 人手では見逃しがちな情報も、システムが自動で収集するため、網羅的かつ迅速な情報把握が可能になります。
経営会議の準備では、業績データの分析と、それに基づいた示唆の抽出が求められます。このプロセスも高度に支援できます。
処理フロー:
[GAS] データ集計の自動化:
各事業部から送られてくる業績報告ファイル(ExcelやCSV)を、GASがGoogle Driveの特定フォルダから自動で読み込み、マスターとなるGoogle Sheetsにデータを集約・整形します。
[GPT for Sheets] 業績データに対するインサイト生成:
集計された予実対比データに対し、=GPT("売上実績が予算を20%下回った主要因を過去のトレンドと提出されたコメントから分析して")
のようなプロンプト(指示)を与えることで、差異の要因分析や考察コメントを自動生成します。
生成されたテキストは、単なる数値の羅列ではなく、「第2四半期の売上未達は、主力の〇〇事業における競合の新製品投入と、販促キャンペーンの遅延が影響している可能性が高い」といった、示唆に富んだ内容になります。
[GAS & GPT for Docs] 会議資料のドラフト作成:
GASが、スプレッドシート上の主要なKPIグラフと、GPTが生成した分析コメントを抽出し、Google Docsの経営会議用テンプレートに自動で挿入します。
さらに、GPT for Docsを使い、「この業績データに基づき、議論すべきアジェンダを3つ提案して」といった指示を出すことで、アジェンダ案まで自動で作成します。
効果:
資料作成の高速化: データ集計から分析コメント、アジェンダ案の作成までが半自動化され、企画担当者は内容の精査と戦略の深化に集中できます。
分析の客観性と多角化: AIがデータから客観的な示唆を抽出するため、人間の思い込みやバイアスを排除した、多角的な視点を得やすくなります。
ファイナンスにおける活用事例
ファイナンス部門では、決算業務、予実管理、財務分析など、正確性と適時性が厳しく求められる業務が中心となります。GPTとGASは、これらの業務の精度と速度を飛躍的に向上させます。
1. 決算短信・有価証券報告書の分析とサマリー作成
競合他社や投資先の財務状況を把握するためにIR資料を読み込む作業は、専門知識を要し時間もかかります。
処理フロー:
[GAS] IR資料の自動取得:
GASを使い、TDnetやEDINETで公開された特定の企業の決算短信や有価証券報告書(PDF)を自動でダウンロードし、Google Driveに保存します。
保存されたPDFのテキストデータを自動で抽出し、Google Docsに変換します。
[GPT for Docs/Sheets] 主要項目の抽出と要約:
変換されたドキュメントに対し、GPT for Docs/Sheetsの機能を使い、「経営成績の概況」「財政状態」「キャッシュ・フローの状況」「事業等のリスク」といった主要なセクションの内容を抽出し、要約させます。
=GPT_EXTRACT(テキスト, "売上高, 営業利益, 当期純利益")
のように、特定の財務数値を直接抽出し、スプレッドシートに転記することも可能です。
[GPT for Sheets] 財務指標の時系列比較とアラート:
抽出した財務データを時系列で並べたスプレッドシート上で、GPTに関数を設定します。例えば、「前年同期と比較して、売上高営業利益率が3%以上悪化している場合、その要因として短信内で言及されている箇所を要約して」といった指示を与え、注目すべき変化点を自動でハイライトさせます。
効果:
分析時間の短縮: 数十ページに及ぶIR資料の読解時間を大幅に短縮し、重要なポイントを即座に把握できます。
分析の標準化: 人によって読解の深さや着眼点が異なりがちですが、AIを使うことで一定の品質での分析が担保されます。
異常値の早期発見: システムが24時間監視し、重要な変化を即座に通知することで、リスクや機会の早期発見に繋がります。
2. 予実管理業務の高度化とコミュニケーション自動化
予算と実績の差異分析(バリアンス分析)と、関連部署へのヒアリングは予実管理の要ですが、コミュニケーションコストが大きい業務です。
処理フロー:
[GAS] 予実データの自動集計:
各部署から提出される予実データをGASでマスターシートに自動集計します。
[GPT for Sheets] 差異(バリアンス)原因の仮説生成:
予算と実績に一定以上の乖離(例:15%以上)が見られる勘定科目について、GPTが原因の仮説を自動で生成します。
プロンプト例: =GPT(A2&"(勘定科目)の予算超過の要因として考えられる仮説を、過去の実績と市場動向を考慮して3つ挙げてください")
[GAS] 確認依頼メールの自動生成・送信:
GASが、差異が大きい科目の担当部署宛に、GPTが生成した仮説を含む確認依頼メールを自動で作成し、送信します。
メール文面例:「〇〇費について予算をXX%超過しています。要因として『△△の可能性』などが考えられますが、詳細についてご教示ください。」
担当者は、ゼロから理由を考えるのではなく、提示された仮説に対して回答すればよいため、コミュニケーションが円滑になります。
効果:
管理会計の効率化: 月次決算後の差異分析からヒアリングまでの一連のプロセスを高速化します。
分析の質の向上: AIがデータに基づいた客観的な仮説を提示することで、より的確な原因究明に繋がります。
部門間連携の円滑化: 定型的かつ具体的な内容の依頼が自動送信されるため、依頼する側・される側双方の心理的・時間的負担が軽減されます。
情報セキュリティ: 企業の機密情報や個人情報を扱う際は、OpenAIのAPI利用ポリシーやデータプライバシーに関する規約を十分に確認し、社内規定に準拠した運用が必須です。
プロンプトエンジニアリング: GPTから期待通りの出力を得るためには、指示(プロンプト)の仕方が非常に重要です。具体的かつ明確な指示を与えるための試行錯誤(プロンプトエンジニアリング)が求められます。
コスト管理: GPT (OpenAI API) の利用は従量課金制です。大規模なデータ処理を自動化する際は、APIのコール回数やトークン消費量を把握し、コストを適切に管理する必要があります。
最終的な判断は人間が: AIは強力な支援ツールですが、最終的な意思決定やアウトプットの責任は人間が負うべきです。AIの生成した内容を鵜呑みにせず、必ず人間がファクトチェックや内容の精査を行うプロセスを組み込むことが重要です。